基本が大事

孫クンが一の段から覚え始めた掛け算の九九も、後半の段に差し掛かってきました。
妻のスパルタ教育の甲斐もあり、「ニク、ジュウハチ。サンゴ、ジュウゴ」とテキパキと諳んじられるようになってきました。

なぜ一の段は、インイチ、インニなどという変な言い方をするのでしょう。”イン”ってなに?

早速、覚えたての九九を駆使し、千本ノックを浴びせるように、パパ(=婿君)に九九の問題を出す孫クンです。
婿君が出勤の準備でそわそわしているのもお構いなしに、不意打ちをかけます。
「ヒチハチ!」と言ったぞばから「八チヒチ!」とリバースで攻撃すると、なぜかしどろもどろになる婿君です。
口ごもる隙にすかさず「ロクヒチ」と攻撃すると、「え!?ちょ、ちょっと考えさせて」とパニックに陥る善人ぶりです。

仕事の疲れがたまっているようですので、攻めるのは酷ですね。

古い記憶をどこまでさかのぼれるか、っていう心理学的テーマがありますが(平均3歳7カ月らしい)、孫クンと同じ小学1年生の時、掛け算の九九に苦しんだことはよく覚えています。
私と同じくおつむの弱かった同級生と、居残りでノートに掛け算の九九を書かされたことがあります。
しかも、同級生が私よりもう一段おつむが弱かったのを良いことに、「なんでもいいからノートに数字さえ書いておけば良いんだよ」などと、オレに任せておけ的に、支離滅裂な戦術をかまし、後から先生にこっぴどく怒られたことを今でも鮮明に覚えています。

昭和の一般的な家庭では、親が子どもに勉強を教えることなどありませんでしたから、掛け算の九九はもとより、平仮名片仮名、漢字でさえ、どうやって覚えられたのか不思議で仕方ありません。
掛け算の九九を暗唱させる国は、海外でも稀だそうです(中国は、9の段から逆に降りてくるそうですね)
6、3、3、4、と通算16年も学校に通ったのに、記憶に残っているのが、読み書きと掛け算の九九だけというのも虚しいものですが、呪文のように暗唱して覚えた九九がいまだに記憶に定着していることには、いまさらながら驚かされます。

西洋人は、手持ちが1,000円札と小銭しかない時、103円の買いものに対し1,003円だして、900円のお釣りを貰うという”技”は使えないそうです。
掛け算の九九を暗記し、暗算に長けた日本人ならではでしょうか。
妻は、上記の例で1円玉の持ち合わせがないとき、1,010円だして、907円のおつりをもらうという(私にとっては極めて高度な)技も使いこなせます。
私の場合は、慌てふためいて1,000円札をだし、897円もらい無駄に小銭で財布を膨らませることを繰り返してきました。

最近現金派を脱し、ようやく交通系ICを使いこなせるようになってきたので、比較的小銭は貯まらなくなりましたが、逆に暗算能力が衰えてきたように思います。
おまけにレシートを確認することもしないので、間違ってレジを打たれても絶対わかりません。
レジの間違いをその場で確かめられるのも、現金払いのメリットなのかもしれませんね。
妻は即座にレシートを確かめて、間違いがあればその場で指摘しますから、持って生まれた能力なのか、家計を管理するために培われた能力なのか、でしょうか。

孫クンの九九もまだ完璧とは言えません。
数日暗唱をさぼると、苦手な段については途端にひっかかるようになります。
特に、7の段が苦手なようです。何となくわかりますね。
私の説ですが、7は、ナナとシチで音読みと訓読みが混在するから、脳がバグるんじゃないでしょうか。

今回のブログを書いていて初めて知ったのですが、7の訓読みは”シチ”だったんですね!
60年以上、”ヒチ”だと思いこんでいました(私だけ?)
今回のエッセイの最初の部分が、”ヒチ”になっているのは、そのためです。

孫クンが「シチサン、ニジュウシチ!」とか間違えるのを横で聞いていると、アレ?正しい答えは何だったっけ?とこっちまで混乱してしまいます。
ねっ!やっぱり、シチはイチと間違えやすいんですよ。

九九もラジオ体操と同じで、途中でひっかかると途端にグダグダになってしまいます。
婿君が間違える気持ちもわかりますね。

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