ビリー・サマーズ / スティーブン・キング

画像引用:Amazon

実は、スティーブン・キングを”読む”のは初めてです。
映画版も傑作揃いなので、映画だけ見てわかったような気になってしまう作家さんなのですが、本作は映画化まで待てないほどの傑作です。

イラク戦争でスナイパーだった凄腕の殺し屋が、足を洗う前の最後の仕事で罠にかけられ、大きな陰謀に巻き込まれる話です。
“犯罪者の最後のひと仕事”という古典的なテーマにも見えますが、それだけにとどまらず、重層的なテーマや展開が、物語に人間ドラマとしての深みを与えています。
狙撃を指定された場所に相手が現れるまで、主人公ビリーが、その場所の住民に溶け込み、偽りの人物として暮らさなければならなくなるのが本作のミソです。
小説家を偽装したビリーですが、次第に書くことの魅力に心を奪われ、執筆する自伝的小説が、劇中劇として展開していきます。

小説家として地元の住民と触れ合ううちに、ビリーの心に暖かいものがこみあげてきます。
また、そんな心境の変化の延長線として、レイプされた若い娘を助けるという危険も冒してしまいます。
上下2巻632ページの大作の上巻は、街の人々との交流を中心にのんびりと展開しますが、下巻からは怒涛のクライムアクションが展開し、一気に読み進められる面白さです。
唯一の仕事仲間との友情、助けた娘との絆、自分を罠に嵌めた依頼者との奇妙な共闘など、まさに映画化にはうってつけの高い娯楽性を有しています。

ところが、単なるクライムノヴェルで終わらないのが、本作の凄みです。
最後のページを閉じると、クライムアクションの背後にある大きなテーマに気付きます。
不幸な生い立ちのため、殺し屋の道しか選べなかった主人公が、選べなかった人生を最後の仕事場所で疑似体験し、隠れていた才能に気付くまでが、物語の前半部分。
自分と同じく選択を誤ろうとしている若い娘のため、命を賭して正しい道に引き戻そうとするビリーの苦闘が、物語の後半部分です。
誰かが誰かに大切な思いを伝え、誰かが誰かの思いを引き継ぎ、そして文学が、人と人との思いを繋ぐ橋渡しとなることを、クライムノヴェルの姿を借りて物語っているように思います。

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