2021年のアメリカ映画です。
主演のウド・キアーは、美形ながらも個性的な風貌故か、ホラー映画でのオドロオドロシイ役柄が多かった俳優さんですが、本作では、抑制を効かせながらも、感情の奔流を感じさせる素晴らしい演技を見せてくれます。
今は老人ホームで暮らす、かつてセレブの間でもてはやされたゲイのヘアメイクドレッサーをウド・キアーが演じています。
かつて親友だった女優の訃報に接し、ホームを抜け出した主人公ですが、紆余曲折がありながらも、葬儀場で死した友に死化粧を施すまでの短い旅を綴ったロードムービーです。
先ず見る者の心を捉えるのは、虚しく人生の黄昏を生きる老いの哀しさですが、エイジングにとどまらず、物語に深みを与えているのは、主人公が味わう時代の潮流の変化です。
90年代のゲイカルチャーを経験した主人公にとっては、自身の老いと同様、淫靡で日陰者だったゲイカルチャーが、多様性やクィアの名の下、市民権を得ている現状にむしろ居場所のなさを感じます。
その裏返しが、主人公のキャリアでもあった女性美への希求です。
主人公は、高齢者であれ、生活に疲れた中年女性であれ、あるいは死者であっても、全ての女性が美しくなれるという信念で美の魔法を施します。
もちろん、そんな主人公の思いは、ルッキズムとは無縁です。
そんな価値観の変化へのアンチテーゼ、あるいは古い価値観への郷愁が、本作の主題でもあります。
1時間45分の短めな尺ですが、様々な思いを感じ取ることができる、切なく味わい深い佳作です。