電車萌え(後編)

電車がホームに入ってくる直前、案内放送が流れます。
「まもなく電車が到着します(中略)この電車の停車駅は、〇〇〇…」

私が利用する鹿児島本線では、
「この電車の停車駅は、鳥栖、基山、原田、二日市」ときて、次の「大野城」の時だけ、
明らかに違う人の声が挟まります。

何故、こんな気持ちの悪いことをするのか、
案内放送を聞く度にネットで調べてみるんですが、未だに明確な答えが得られていません。

他の路線を利用している時も遭遇する怪現象なんですが、
①妖精のいたずら
②電車オタクの霊が紛れ込んでいる
③テープが劣化したが、全部録り直すのが面倒なので、一部だけ別の人の声を使った
④皆が案内放送に耳を傾けてくれるよう、わざと気持ちの悪い仕掛けを施している
が仮説として考えられます。

②が有力なんじゃないかと思てるんですが、もし④だったとしたら逆効果です。
毎回、声音が変化する箇所だけを聞き漏らさないよう待ち構えているものですから、
結局全体像が頭に入ってきません。
未だにモヤモヤが解決せず、「また霊の仕業かな」と案内放送に聴き入っています。

電車に纏わるルールって、地域によって微妙に違っています。

典型的なのが、エスカレーターの乗り方です。
大阪だけは何故か右側(姫路あたりまでは右側らしいです)に立ちます。
京都では左右入り混じってますね。

東京を経由して大阪に出張する時は、よく左側にボーっと立ってしまい、
(オッサン、どっちに立っとんねん)という誰かの心の声が聞こえてきて、
ハッとすることがあります。
ヤ〇ザみたいな市長さんが、条例で右側立を禁止してくれると、
全国的に統一されるんですけどね。

大阪の右側立については、ネットでも事情が解明されていて、
江戸川大学の何とかって言う先生は、研究論文まで出していました。
案内放送の怪奇現象についても、誰か解明してくれないでしょうか。

北国に行くと、自動でドアが開かず、降りる人がボタンを押してドアを開ける電車があります。
南の地方の人にとっては馴染みがないから、何気に緊張してしまいます。
たまたま降車扉の前に立ってしまうと、
自分の指先に降りる人たち全員の運命がかかっているわけですから、
押すタイミングを間違えて開かなかったら、皆はどうなっちゃんだろうとか考えると、
余計緊張してしまい、エレベーターの閉まるボタンを連打する大阪人みたいに、
思わず開くボタンを連打してしまいます。

単線で走ってるようなローカル線では、バスみたいに整理券形式の電車があります。
九大本線っていう、久留米と大分を繋ぐローカル線があるんですが、
途中の無人駅には券売機がなく、
数年前までは、駅前の角打ち(酒屋での立ち飲みのことです)で切符を売っていました。

昼間から地元のジイサンたちが焼酎を飲んでるカウンター越しに切符を買って電車に乗る光景は、
是非「世界の車窓から」で放送してもらいたかったんですが、
結局テレビの取材も(多分)ないまま角打ちでの販売は終了し、整理券方式に変更になりました。

この路線も、ルールを理解していないと、
どうやって乗ったら良いのか、どうやって降りたら良いのかわかりません。
降りる時は運転手さんの後ろのドアから、
バスみたいに小銭を整理券と一緒に運賃箱に入れるんですが、
それを知らずに後ろの車両に乗ると、降りる時に慌てて先頭部まで走っていくはめになります。

しかも始発駅の久留米では、鹿児島本線のホームの端に九大本線のホームがくっついています。
要するに、異なる路線の電車が、一つのホームの前後に、縦列で停車している状態なんです。
当然、初めて利用する人は、九大線のホームを探し回ることになります。

始発と言えば、
鹿児島本線と並行し、大牟田・福岡間を西鉄っていう私鉄が走っているんですが、
始発駅から乗車する際、乗客がシートを逆方向に倒す作業を強いられのが、
ちょっと他の路線と違っています。

客が少ない時はどうってことないんですが、混雑時に並んで乗り込む際は、
結構なストレスを強いられます。

二列のシートを同時に倒さないと、一時的にご対面の状態になってしまい、
シートを倒す力のない年寄りとお見合い状態になることがたまにあるんです。

電車に乗り込むや否や、瞬時に左右の空席状況を判断し、
二列のシートを同時に逆方向に倒すんですが、
加えて、直射日光の当たる側はダメ!、という妻の要求を満たすためには、
特殊部隊並みの正確さで行動しなければなりません。

路面電車も出張の時よく利用しますが、地方でバスや路面電車を乗りこなせると、
その街を制覇したような気になりますね。

路面電車も、乗り方や降り方がわかりにくい乗り物です。
今は、地方でもICカードが普及していて、運賃の支払いで戸惑うことはなくなりましたが、
入口と出口は決まっていることが多いため、
乗り慣れた顔をして席に座っていても、絶えず地元民の動きを目で追いながら、
ルールの把握に努めなければなりません。

ついでに思い出しましたが、
ロサンゼルスのオフィス街を巡回しているコミュニティーバスには、
降車用の押しボタンらしきものがありませんでした。
車内にロープが張り巡らされていて、
それを引っ張ると運転席のベルが鳴る仕組みになっていたんですが、
遊園地の園内バスみたいで、とても先進国とは思えないローテクさです。
しかし、無駄なコストをかけないのは、むしろ合理的なのかもしれませんね。

北京で乗ったバスには、そういった原始的なシステムさえなく、
“降りる素振りを示す”という高度な技術を要求されることを同行者に教えられました。

どれも些細なことばかりですが、born to be chiken の私にとっては、
一つ一つがオトナの階段を上っていくための冒険みたいなものです。

…じゃなくて、すでに天国への階段を上っていく年齢になっていました。

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