AKB48の福岡聖菜さんが、鼻中隔湾曲症の手術をしたと報じらていました。
と言っても、”推し”ではありません。
気になったのは、鼻中隔湾曲症の方です。
私の世代は、懐かしさを覚える病名なんですが、未だに、鼻中隔湾曲症の手術が行われているとは思いませんでした。
半世紀前の子どもたちにとって、扁桃腺と鼻中隔湾曲症の手術は、一つの流行のようなものであり、オトナへの関門だったからです。
風邪で高熱が出やすい子は、「扁桃腺は無くても困らないから、今の内に切っちゃいましょう」と医者から言われていましたが、鼻中隔湾曲症の方は、頭が悪い子=鼻が悪い子、ゆえに、鼻づまりを治せば、オタクのバカなお子さんも賢くなりますよ、みたいな考えが親の間で信じられていて、夏休みになると、クラスの中の幾人かは扁桃腺か鼻中隔湾曲症の手術を受けさせられていました。
ちなみに、鼻呼吸は脳を冷却する機能を担っていて、いわば、CPUに対する冷却ファンの役目を担っているんだ、とどこかで読んだことがありますから、鼻に支障があると、脳の働きが鈍るという説も、あながち的外れとは言えないようです。
同じような鼻の病気でも、蓄膿症はまた別格でして、当時聞かされていた手術の方法は、ほとんど、頭蓋骨から顔を引き剝がしてしまうような怖ろしいものだったため、いくらバカを治すためとは言え、それだけは勘弁してもらいたいということで、レーシングサーキットのおもちゃと引き換えに、鼻中隔湾曲症の手術で手を打ったのが小学校3年生のことでした。
人体実験のような恐ろしい手術は免れることができたものの、鼻にメスを突っ込んで、曲がった鼻中隔をガリガリ削るのは、それなりに怖ろしいものです。
当時は局部麻酔でしたが、痛みはさほど感じないのに、明らかに体の一部が削られているのが実感できて、おぞましさはひとしおでした。
掛け算の九九もおぼつかなかったバカな小学生だった私ですが、半世紀を経た今でも鼻中隔湾曲症と言う病名だけは、トラウマとなって記憶にこびりついているわけです。
ちなみに、現在の鼻の手術は、蓄膿症でさえ内視鏡での簡単な手術で、しかも全身麻酔だそうなので、
当時とは格段にハードルが下がっています。
当時のトレンドでしたから、夏休みになると、耳鼻科の病室では同級生とも顔を合わせます。
普段、周囲を威嚇している同級生の輩クンが、手術前には別人のようにビビッりまくった挙句、恐怖心を紛らわそうとしていたのか、無暗にお菓子を食べろと勧めてくるのが、子ども心にも不気味でした。
術後、麻酔が切れた途端痛みで泣きだしたのを見ながら、先に手術を終えレーシングサーキットのことを想像しながら、余裕でベッドに横たわっていた私は、コイツには勝てるな、などと見当違いな優越感を覚えたものです。
ちなみに、退院後買ってもらったレーシングサーキットは、今のおもちゃのように精巧なものではなく、ヘアピンカーブに差し掛かると、レーシングカーとサーキットの接触が悪くて動かなくなり、その都度、指で押してやらなければならないようなシロモノでした。
輩クンとの同室は、一日か二日でしたが、特段友情が芽生えることはなかったものの、夏休み明けの廊下ですれ違う時、「俺たち、頑張ったよな」と目でサインを送ってきているように感じたのは、単なる見間違いでしょうか。