日の名残り / カズオ・イシグロ

画像引用:Amazon

以前、同氏の最新作「クララとお日さま」を紹介しましたが、本作は1989年の長編三作目で、
同氏の名声を確立した作品として知られています。
私は「クララ-」からの俄かファンなので、あらためて過去作に遡っていますが、
評価に違わぬ傑作でした。

「日の名残り(The Remains of The Day)」というタイトルは、
ラスト近くの「夕方が一番いい時間」という言葉と呼応しており、黄昏時を指しています。

アンソニー・ホプキンス主演で映画化された作品の方も同じく傑作でしたので、
あらすじはよく知られていますが、

ある貴族の屋敷に長年仕えた執事を語り手に、
大英帝国の隆盛と衰退、仕えた貴族の栄光と没落、執事自身の職業的成功と老い、
が見事に絡み合いながら物語が展開していきます。

それぞれのエピソードが「日の名残り」というタイトルを象徴するように結末に至りますが、
決して切ないだけの物語ではないことが、「夕方が一番いい時間」という言葉で言い表されています。

輝かしい時間の中では気づかなかった微妙な陰影の美しさは、黄昏時だからこそ心に沁みる。
そんな想いが、執事としての成功の渦中では気づかなかった、女中頭への淡い恋心と重なります。

今の時代だと、じれったくてついていけないような、距離感のある恋愛感情が、
英国紳士の品格を纏って語られ、むしろ今の時代の恋愛よりも瑞々しく感じられます。

長い年月を経たからこそ、様々な転機での、選ばなかった人生に思いを馳せることができますが、
選んだ人生も選ばなかった人生も、とても愛おしく感じさせてくれるのが黄昏時なのかもしれません。

ノーベル賞作家と聞くと、とっつき難さを感じるかもしれませんが、
同氏の作品は、本作をはじめ、「わたしを離さないで」のように日本でもドラマ化されるほど、
娯楽性も兼ね備えています。

娯楽性も纏いながら、一方で深い芸術性に根差しているところが、
カズオ・イシグロ氏の凄みだと思います。

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