クワちゃんがいた夏

友人知人が現役を退く年齢になってきたんですが、皆さんそろいもそろって家庭菜園に精を出しています。
新鮮な野菜を分けてもらえるのは有難いのですが、飲みに行って、私以外のメンバーが全員家庭菜園マニアだったりすると、話について行けず、寂しい思いをすることもあります。

若い頃、いい加減で無計画だった友人が、手帳に季節ごとの作付け計画を詳細に書き込んでいるを見るにつけ「現役時代の君に足りなかったのは、そこなんだよ、そこ!」と教えてやりたくなります。

リタイアするとやることがなくなって農耕民族の血が騒ぐんでしょうか。
えてして奥さんの反応は冷ややかで「アンタ、そんなに野菜ばっかり作って、誰が料理すると思ってんのよ」と嫌がられているようなので、収穫の都度引き取っている当方は、新鮮な野菜をいただいた上に、感謝されています。
私まで家庭菜園を始めたら、需要と供給のバランスが崩れて皆が困るので、当面土に親しむ気はないのですが、実際は、自分に不向きなのを自覚しているからでもあります。

子どものころから、何かを育てようとして、うまくいった試しがありません。

ゼニガメのような動きの鈍い生き物にも逃げられる始末。
ある朝、ハツカネズミのケージに横たわる惨殺死体を発見し、密室殺人に違いないとパニックになったことがありますが、あんな可愛い連中なのに食人族みたいに共食いするって言うじゃありませんか。
半世紀以上経ったいまでもトラウマとなって脳裏に焼き付いています。
知人から大量に分けてもらったメダカも、元気に泳ぐ姿を見られたのは最初だけ、間もなく一匹また一匹とお腹を上にして水面に浮かぶ姿を観察するのが日課になりました。
絶滅が近づいてきた頃には、どのメダカが死んだのか特定できるようになっていたほどです。

それでも懲りずに、小さな命を育む優しい自分の姿に憧れ、観葉植物に手を出してはすぐに枯らしてしまうことの繰り返しが続いたんですが、多肉植物が流行り始めてからは、これだったら多少ぞんざいに扱っても大丈夫だろうと思ったものの、案の定枯らしてしまい、むしろどうやったら枯らせられるんだってって家族からは白い目で見られてしまい、最後の手段と思い、サボテンに手を出したものの、ちょっとやそっとで枯れないのは良かったのですが、育成に失敗した人はご存じのとおり、丸くて可愛かったサボテンがある意味卑猥とも言える異様な姿に変わってしまうと愛情もすっかり冷めてしまい、早く枯れてくれないかな、などと不謹慎なことを考える始末。

結局、植物好きの優しい男のフリをするだけならフェイクグリーンでいいや、という結論に達し、今はセリアとダイソーで入手した観葉植物もどきをデスク周りに飾り、自然派ビジネスパーソンを気取っています。

メダカ以降、植物以外の生き物に手を出してこなかったのですが、梅雨に入る前のある日、会社から帰ってくると、玄関に黒い物体が落ちているのを見つけました。
よく見ると、裏返しになったクワガタが反転できずにもがいていましたので、大方、カラスか野良猫に拉致される途中で、運良く我が家の玄関に落下したものと思われます。

積極的に生き物を飼うつもりはなかったのですが、助けてやったら何か恩返しがあるかもと思い、ダイソーで飼育セットを購入し、飼い始めてからすでに1か月ほど経過していますが、今のところ、夜中に変身してビールの線をクワで片っ端から抜いている姿は見かけません。
鶴の恩返しと違って、女性に変身することはなさそうなので、ショッカーの怪人みたいなのに変身して恩返しされても困りますよね。

クワちゃんと名づけましたこの子は、ほとんど動きません。
明るいうちは、おがくずに潜って姿を現さず、夜になると昆虫ゼリー(メロンとイチゴがあるんですが、クワちゃんはイチゴがお気に入りです)の上にダイブしたまま微動だにしません。
これでは観葉植物と一緒ですが、一日に3回ぐらいしか動かないクワちゃんでも、一緒に暮らしているとだんだん愛らしく見えてきます。

2、3か月で寿命を終え、ひと夏の思い出になるんじゃないかと思っていたんですが、ネットで調べてみると、彼が属するコクワガタは、育て方次第で4年ぐらい生存するそうなので、彼の寿命が尽きる前に、飼い主の方が神に召される可能性もありそうです。

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